塾なし高校受験〜うちの田舎メソッド〜

2025年高校受験予定の中2息子、ポン助は中学受験残念組。進学塾の無い田舎から1校のみの挑戦。桜は咲かず地元の公立中に進んだ。中学受験の内容も知らずに、馬鹿にする奴も居た。でも「楽しかった。僕は挑戦する事を止めない。」そう言い切った。常に仲間と明るく楽しく、全力で駆け抜ける中学生男子の日常。

中2・第5回道コン結果〜トラウマ〜

「もうちょい取りたかったな〜!」

「あはは。まあ悪く無いんじゃない?」

 

8割超9割未満

5科目3科目共に偏差値60超

最高点は90点台後半

これ以上の詳細データは

個人情報が特定される為伏せる。

 

 

平日は放課後ナイター練習

帰宅するのは21:30頃。

土日祝は大会や遠征でほぼ潰れ

何も無い週末は朝から夕まで練習。

 

殆ど勉強時間が取れない中で

とりあえず上出来と言った所だろう。

 

現状維持で両立して行き

ギアを上げるのは

2度目の「受験生」になる春からで良い。

そして秋くらいから

トップギアに持って行こうか。

 

 

普段のポン助は

ガリ勉タイプでは無く

陽キャのお笑い系なので

勿論TVも満喫している。

 

たまにニュースや国会中継を見たり

クイズ番組に本気で挑戦し

映画を見ながら号泣したり

歌番組が入れば一緒に熱唱(笑)

 

勉強の事ばかり考えている訳では無く

週末には1時間ゲームでリフレッシュ。

 

「お母さん、ゲーム画面の動画撮って!」

「いいよ。」

「行くよ、行くよ、、、ヤッター!!!!

ダブスイ達成!!うおー!!」

「声裏返り過ぎ(笑)何だかわかんないけど

良かったね〜♪」

 

お気に入りのゲームで

何やら上手く出来たらしく

その瞬間をスマホで撮影させられた。

一人で歓喜して大騒ぎ(笑)

ご機嫌で

入浴中もずっと歌っており

良い気分のまま就寝。

 

 

…こんな陽キャのポン助でも

中学受験「不合格」を経験した時には

立ち直るのに暫くかかった。

 

中学受験や高校受験に

「浪人」は無い。

 

“浪人は1年しか許さない”とか

“来年もダメなら地元に戻って就職しろ”とか

“公務員試験受けて地元の役所で働け”とか

“〇〇さんに口利きしてやるから働け”とか

“親と同じ学校を受けろ”とか

“〇〇高校(大学)を必ず受けなさい”とか

行きたい高校や大学に挑戦したい子や

夢に向かって都会に出たい子に

圧力をかけまくる親や

理想の学校に無理矢理行かせようとする親。

逃げられない様なレールを敷いて

支配しまくる親。

そしてそれを陰で批判し

拡散する近い人達。

 

受験シーズンなので

あちこちから

田舎ならではの

様々な噂が飛び込んで来る。

 

我が家の時も面白半分で

あちこちで噂されていたのだろう。

 

 

ポン助の場合は

ダメなら地元の公立中と決めていたので

私立1校しか受験しなかった。

 

あとちょっと届かなかった現実を

自分なりにしっかりと受け止め

立ち上がり前を向いた12歳のポン助に

幾つもの言葉の刃が飛んで来た。

 

「そんなフザケてばっかりだから

落ちるんだって。」

 

「何だかんだ言ったって結局は

頭悪かったんでしょ?」

 

「ここでは頭良くても都会では

通用しなかったんだね。」

 

「恥ずかしいとか思ってないの?」

 

「普通の家なのにそこまでする必要って

本当にあったの?」

 

「勉強もスキーのレベルも

結局低いから落ちたんだ、って大人達みんな

言ってたよ(笑)」

 

 

…何でそこまで言われるんだと

思う様な言葉が何度も何度も

ある特定の子から浴びせられた。

 

その子の親や周りの大人達の言葉なので

全て正しいと信じて

一切の迷いも無く

止めて叱るクラスメイトにさえ

「何でダメなの?だって本当の事でしょ?」

と開き直り

そのままありのまま

ポン助に浴びせ続けた。

 

その言葉は全て

大好きで信頼していた相手からの物だった。

 

親友だと思っていたのはポン助だけで

相手にとってポン助は

幼い頃からずっと

親に追い付け追い越せ見習えと言われ

爪の垢を煎じて飲めとまで言われ

何かに付けて比較され

この田舎町での

立ち位置を上げる為の弊害だった。

ポン助も私も

親に色々言われる相手を

目の前で何度も見て来た。

悲しい顔をするのが可哀想で

「〇〇だって何でも頑張ってるしょ〜」

フォローした事も何度もあった。

しかし

それがいつしか全て

ポン助に対する憎悪の感情へと

変わってしまったのだろう。

 

そうでなければ

どん底の状態の友達に

嘲笑しながら

上記の様な言葉などかけられない。

彼の選択は

「寄り添う」では無く

「さらに叩きのめす」だった。

ポン助が再起不能になれば

自分の立ち位置は確実に上がる。

 

実際に

ポン助は発狂しそうな程泣き崩れ

精神崩壊寸前まで追い詰められた。

 

私は暫く学校に行かなくても良いと言ったが

「俺には皆が居るから。」

そう言って

ポン助は休まなかった。

 

相手の親に報告・確認するも

「そんな事言っていないとの事です。」

 

まさに“うちの子に限って”

そんな状況だった。

 

私はその一瞬で

この親とはもう無理だなと

何を言っても無駄だと思い

全てポン助の聞き間違いにした。

 

うちは田舎の庶民の子

相手は田舎の“お偉い”さんの子

 

頭の悪い庶民の戯言など

相手にする価値も無いのだろう。

 

陰でどれだけ馬鹿にされていたか

ポン助が言われて来た言葉で

全て理解した。

 

 

その後は

事実確認をした親が

自分達の地位や体裁や世間体の為に

本人を連れて謝罪に来たので

一応解決済だ。

 

しかし

必死に謝罪していたのは親だけで

本人は明らかに納得行かない顔で

謝罪の言葉を棒読みしながら

ポン助を睨み付けていた。

 

「お前さえ居なければ」

その瞳は全てを物語っていた。

親に叱られた悔しさと悲しさ

妬み恨み全開の渦巻く様々な感情。

ああ

この子は本当に

ポン助に居なくなって欲しかったんだなと

全身から感じた。

 

その恨みの眼差しと

あの日の光景が目に焼き付いている。

 

中学入学後も

その本人とは

水面下では色々あり

親が介入する程では無い事は

ポン助が自分で全て

担任に相談や報告をしている。

クラスメイトも皆事情は把握しており

何かある時には気遣ってくれている。

 

まあ

何処に行ったって

嫌な奴は現れる。

どうしても好きになれない奴も居る。

どうしても許せない奴も居る。

人の神経を逆撫でする奴も居る。

そんな奴は

関わらずにスルーするのが1番だが

困った事に

勉強や仕事で協力しなければならない事も

少なからずある。

一時ポン助が嫌だと悩んでいた時には

割り切る事も大切だと教え

思考や視点を変える様に促した。

 

一生同じ教室で付き合う訳じゃ無いし

あと1年の辛抱だ。

最小限の接点で

何とか上手く乗り切ろう。

 

 

やはりまた

この時期になると

思い出してしまった。

 

ポン助が頑張って来た事実は

何も変わらない。

何なら全て今に繋がっている。

中学受験の結果が不合格だっただけで

積み上げた物は

完全に今に活きている。

その土台のお陰で

最初から中学生活を謳歌出来ている。

 

ある意味私も

トラウマになっているのかも知れない。

まあ

受験のトラウマは

受験で克服するしか無いだろう。

 

嫌な思い出を

来年は全て塗り替えられる様に

ポン助が行きたいと思える場所に

辿り着ける様に

私も全力で

サポートして行こうか。

 

経験値だけは完全に

周りを凌駕しているから

気負わず行こう。

いつも通り鼻歌で

仲間達の輪の中で爆笑しながら

先陣切って「新受験生」になろう♪